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東京高等裁判所 昭和46年(ネ)1269号 判決

控訴人 嶋田庄吉

右訴訟代理人弁護士 佐藤孝文

同 小林直人

同 川中修一

被控訴人 三沢久弥訴訟承継人 三沢周子

同 三沢恒徳

右訴訟代理人弁護士 笠井寿太郎

主文

原判決中控訴人敗訴の部分を取り消す。

被控訴人らの請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人らの負担とする。

事実

控訴代理人は、主文と同旨の判決を求め、被控訴代理人は、控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実に関する主張並びに証拠の提出、援用及び認否は、次に付加するほかは、原判決の事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

(控訴人の主張)

一  控訴人が三沢久弥から従前借り受けていた土地の面積は、八四・四五坪で、控訴人は、その土地上に原判決添付目録記載の建物(以下「本件建物」という。)及びその南側に貸家を所有していた(正確には当初土地を賃借し建物を所有していたのは控訴人の父嶋田重太郎であって昭和三四年九月二五日贈与により建物の所有権は控訴人に移転し土地賃借人の地位も控訴人に移転した)が、この区域が甲府特別都市計画事業土地区画整理の施行区域に指定され、昭和二六年四月、仮換地処分がされ、借地面積が六九・五六坪に減歩され、しかもその仮換地の一部約二〇坪は、北側の久弥の本宅の敷地のうち門、玄関の部分にかかるよう指定されたため、久弥の申出により、右約二〇坪の借地権と同人が有していた飛び仮換地である甲府市北口一丁目五四番、一一七・二〇坪のうち一七・〇三坪の所有権とを交換することとなり、控訴人は、昭和二六年八月ごろ、本件建物の南側にあった前記貸家を右土地上に移築した。しかるに被控訴人らは、右飛地について所有権移転登記を受けていながら、控訴人に対し、所有権移転登記手続をしない。

二  右交換の結果控訴人が被控訴人らから借り受けている土地の面積は、減少したまま残存部分の正確な坪数は不明確となり、それまでの地代の額は、根拠を失い、あらたに借地の地代を確定する必要が生じたがその確定と前記飛地の所有権移転登記手続の履行とは同時になすべき約であるから、右の点が解決されるまでは控訴人が借地の地代を支払わなくても債務不履行となるものではない。

(被控訴人の主張)

一 控訴人の主張事実のうち、控訴人の借地が仮換地処分に付されたことは、認めるが、その余の事実は争う。

二 区画整理事業は、昭和二六年六月ごろ、実施の緒についたもので、被控訴人らの地代増額の意思表示は、その前年にされたものであるから、地代支払の履行と仮換地処分とは、直接の関係はない。

(証拠)≪省略≫

理由

一  訴訟被承継人三沢久弥が昭和一三年八月一六日から控訴人に対し、原判決添付目録記載の土地(以下「本件土地」という。)を賃貸し、控訴人が右土地上に本件建物を所有していること、久弥が昭和二五年七月、控訴人に対し、本件賃貸借の従前の地代である一ヵ月につき一五〇円を同年八月分から一ヵ月につき二〇〇円に増額請求したことは、当事者間に争いがない。

二  被控訴人らは、久弥が昭和三〇年に控訴人に対し、昭和二五年八月分からの一ヵ月につき二〇〇円の割合による地代の支払を催告したが、控訴人がその支払をしないから本件訴状をもって本件土地の賃貸借契約解除の意思表示をすると主張するが、久弥が控訴人に対し、その主張のような催告をしたことを認めるに足りる証拠はない。したがって、右解除はその効果を生ずるに由なく右主張は、理由がない。

三  次に、被控訴人らは、控訴人は長期間にわたって本件土地の地代を支払っていないのであり、控訴人のこのような行為により久弥との間の信頼関係は破壊されたのであるから、久弥としては無催告で本件賃貸借契約を解除することができるところ、本件訴状をもって契約解除の意思表示をすると主張するので、この点について判断すると、≪証拠省略≫によれば、次の事実が認められる。

控訴人(正確には控訴人先代嶋田重太郎が当初の賃借人であり、地上の建物の所有者であったが被控訴人らは当初から控訴人が賃借人であり地上建物の所有者であったと主張し、控訴人もあえて争わないことは前記のとおりである。)は、本件土地を含む八〇数坪の土地を若尾はるから借り受け、その土地上に本件建物及びその南側に貸家を所有していたが、昭和一三年に久弥が右土地を買い受けて賃貸人の地位を承継してからは、地代は、久弥の母である三沢ふさじがおおむね、取立てに赴き、その支払を受けていた。右地代は、漸時、増額され、昭和二三年一月からそれまで一ヵ月三五円であったのが一〇〇円とされ、更に、昭和二五年六月に一五〇円とされたが、両者間で右増額について格別の紛争もなく経過したものの、久弥が同年七月、控訴人に対し、同年八月分から地代を一ヵ月につき二〇〇円にする旨の増額の請求をしたところ、控訴人は、これを拒み、八月分の賃料として一五〇円を提供したが、受領を拒絶された。それから久弥もふさじも地代を請求しなくなったので、控訴人は、同年一一月、一ヵ月につき一五〇円の割合による同年八月分から一一月分までの地代を妻に持たせて久弥に対し、提供させたが、受領を拒絶された。一方、右昭和二五年七月の地代増額請求がされる前後ごろから、控訴人の右借地を含む近隣一帯の土地が甲府特別都市計画事業土地区画整理の施行区域になることとなり、八〇数坪あった控訴人の借地が約六九坪に減歩され、しかも、そのうち約二〇坪は、本件土地の北側の地続きにある久弥の本宅の敷地のうち、門、玄関部分に仮換地される計画であることが判明し、久弥は、その不都合を避けるため、自己が取得すべき別の飛び仮換地のうち一〇数坪に対する権利と控訴人の借地のうち久弥の本宅の敷地に仮換地さるべき約二〇坪の借地権との交換を申し出た結果、その旨の合意ができ、昭和二六年仮換地処分が行われて後、控訴人は、同年七月ごろ、従前の借地の一部の上にあった貸家を右飛び仮換地へ移築した。昭和三二年五月六日久弥は、右飛地について所有権保存登記を受けたが、控訴人に対し、所有権移転登記手続をしないまま死亡し(昭和四〇年一二月五日)、久弥の相続人である被控訴人らも右手続をせず放置していた。控訴人は、昭和二五年の地代増額請求に関する紛争から久弥やふさじが地代を取り立てに来なくなり、その後、前示仮換地処分、借地の一部についての交換などが行われたため、残った借地の面積が不明確となり、交換によって得た土地の所有権移転登記手続も追行しないこともあって、本件土地の地代の支払を躊躇していたが、昭和三五年四月一六日に至り、昭和二五年八月分から昭和三五年四月分までの地代として一ヵ月につき一五〇円の割合で合計一七、五五〇円を弁済供託し(右弁済供託の事実については、当事者間に争いがない)、更に、昭和四一年七月一八日、被控訴人らの催告に基づき昭和二五年八月分から昭和三八年三月分まで一ヵ月につき二〇〇円の割合、同年四月分から昭和四一年六月分まで一ヵ月につき一、七三七円の割合による地代、合計九六、四〇六円を弁済供託し、その後も引続き毎月地代を一、七三七円ずつ弁済供託して来た。

≪証拠判断省略≫

ところで、不動産の賃貸借契約において賃料不払を理由に契約を解除するには、特段の事情がない限り、民法五四一条所定の催告を必要とするものであり(最高裁判所昭和三五年六月二八日判決・民集一四巻八号一五四七頁参照)、右特段の事情として例えば賃借人が長年月の賃料不払の間、賃貸借の目的である不動産を自己の所有として賃貸借関係の存在を否定し続けた結果、双方の信頼関係が損なわれた場合などを挙げることができるところ(最高裁判所昭和四九年四月二六日判決・民集二八巻三号四六七頁参照)、これを本件についてみると、前記認定した事実によれば、久弥は、控訴人に対する本件賃貸地の地代を昭和二五年六月に従来の一ヵ月につき一〇〇円から一五〇円に増額したのであるから、その後わずか二ヵ月の経過をもってしては、特段の事情の認むべきものがないかぎり右一ヵ月につき一五〇円の地代が不相当になったものとは解されず、したがって、久弥が同年七月になした本件賃貸借の地代を同年八月分から一ヵ月につき二〇〇円に増額する旨の請求は、効力を生ずるに由ないのであって、右地代は、依然として一ヵ月につき一五〇円の割合で据置かれたものということができ、また、前記認定事実によれば、本件賃貸借の地代債務は、当初の約定はともかくとして昭和二五年当時においては取立債務の約定であったと解するのが相当であり、そうとすれば、久弥及び被控訴人らは、昭和二五年八月から地代の取立てに赴かないのであるから、以来本件訴え提起に至るまで控訴人に履行遅滞はなく、しかも≪証拠省略≫によれば、控訴人が一ヵ月一五〇円の割合による地代を提供しても久弥においてその受領を拒絶する意思であったことは明確であったものと認められるから、控訴人が昭和三五年四月一六日に昭和二五年八月分から昭和三五年四月分までの一ヵ月につき一五〇円の割合による地代、合計一七、五五〇円についてした弁済供託は、口頭の提供を欠いても有効であり、右の限度で従前の地代債務は消滅したといわなければならない。その間、前記認定のとおり控訴人の従前の借地について区画整理事業に基づく仮換地処分がされ、それに伴って借地の一部についての借地権と久弥の飛び仮換地に対する権利との交換がされ、その結果残存借地の面積が不明確になった上、交換した土地についての所有権移転登記手続が進まなかったこともあって、控訴人が自から進んで地代を支払うことを躊躇するような事情にあったことを考慮すると昭和二五年八月から昭和三五年四月まで一〇年間という長期にわたって地代を支払わず(この間の地代が結局、有効な弁済供託により履行されたことは、前示のとおりである。)、その後、久弥によって本件訴えが提起されるまでの三年間も地代の支払をすることなく、更に、地代の増額について積極的に協議の申出をしなかったからといってそこに賃借人たる控訴人の側からして賃貸人との間の信頼関係を損なうべき要素を見出すことはできない。

そうすると、本件賃貸借について地代不払を理由に契約を解除するには、原則どおり民法五四一条所定の催告を必要とすることとなり、被控訴人らの本件解除につき催告が不要である旨の主張は理由がない。

四  更に、被控訴人らが昭和四一年七月一一日、控訴人に対し、昭和二五年八月分から昭和三八年三月分まで一ヵ月につき二〇〇円の割合による、同年四月分から昭和四一年六月分まで一ヵ月につき一七三七円の割合による地代、合計九六、四〇六円を同年七月一六日限り支払うよう催告し、右期限までに右地代の支払がなければ本件賃貸借契約を解除する旨の意思表示をしたことは、当事者間に争いがなく、右の意思表示の効力について判断すると、≪証拠省略≫によれば、右催告を受けた控訴人は、同年七月一六日の午前中、妻のとみ子に右金員九六、四〇六円を持たせて被控訴人ら方に赴かせたところ、とみ子は、留守居をした小池明子に被控訴人らが不在であることを告げられ、一旦、帰宅し、その後同日の夜までに数回、被控訴人ら方を訪れたが、いずれの時も不在であったため、右地代を支払うことができず、翌々日の七月一八日の月曜日に右金員を弁済供託したことが認められる。右認定した事実によれば、控訴人の右弁済供託は、有効であって右供託の限度で従前の地代債務は消滅したものということができるから、被控訴人らの右解除の意思表示は効力を生じない。

五  よって、被控訴人らの本訴請求は、いずれも失当というほかなく、これと異なる見解の下に本訴請求を認容した原判決は不当であり、本件控訴は理由があるから、民事訴訟法三八六条の規定により原判決を取り消し、被控訴人らの請求をいずれも棄却することとし、訴訟費用の負担について同法九六条、九三条一項本文、八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 吉岡進 裁判官 兼子徹夫 裁判官榎本恭博は、職務代行を解かれたため、署名捺印することができない。裁判長裁判官 吉岡進)

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